交流深める、合わせ味噌

肌寒い日が続いています。
街並の木々は今紅葉まっさかり、あざやかな色あいが目にも楽しく感じます。

近くにある特別名勝 栗林公園でも、先週末まで紅葉のライトアップを開催されていました。
和船の夜間周遊もおこなわれ、夜の幽玄さを演出。色とりどりの中の散策は、昼とは違う世界に誘われそうです。

この栗林公園は、ミシュランガイド日本観光版で三つ星にも選ばれるなど、海外の方にもひろく知られています。最近では外国の方の来園姿も日常的に感じるほど、よく見かけるようになりました。違う国の人々とのちょっとした交流もうれしいものです。

その交流にちなんだ味噌のことわざがあるのはご存知でしょうか。

昔からの言い伝え『味噌は遠いものを合わせる』があります。
遠方の地域とで、または異なる製法で造られた味噌を合わすことで、より美味しい味噌に仕上がるというもの。

現在では混ぜ合わせた状態で販売もしている、合わせ味噌にあたります。
合わせ味噌とは、2種類以上を組み合わせて、好みの味に仕上げたお味噌。
別の呼び名で調合味噌ともいい、こちらは主に米味噌や豆味噌、麦味噌など麹の種類がちがう味噌を2、3種類混ぜ合わせたものをいいます。

全国には、風土に合わせた様々な材料と製法でつくられた、独自の味噌が点在しています。
主に関東以北では、長期熟成された塩味が強い赤色の辛口が多く、関西から九州にかけては熟成が短く甘みが増していきます。各味噌のもつクセを合わせることにより、お互いの風味を補い合ってまろやかに食べやすくなりました。

合わせ味噌は懐石料理からうまれたようで、様々な人の口に合うよう創意工夫の心が形になったもの。それは日本のおもてなし文化にも通ずると感じます。

再来年に始まる東京オリンピックなど、昨今ますます海外の方との交流が進みそうです。関係を紡いでいくことで、既存の文化に新たなコクが加わり、より豊かな深みとなれば素敵だなと思います。

味噌を寿ぐ

2週続けての台風一過、やっと晴れ間がのぞいています。

今年の秋は雨が多くあっという間に冬の到来はすぐそこ、季節の変わり目のダイナミックさを感じますね。
新米や新しい大豆などが出回りはじめ、本格化している正月に向けての仕込みにも力が入ります。

同じ産地でも年でちがう収穫の出来に、培われてきた製造技術を使って、味をできるだけ変わらずに造っている弊社の白味噌。
ただ最後の仕込みは冬の寒さの自然まかせですので、人のちからでは及ばないところを感じます。

この自然との共存をうまく表しているのが、寺院で執り行う秋祭りだと思います。地域の安泰と穀物などの収穫に感謝する祭典。
一昨年の晦日に甘酒をお納めした地元の神社石清尾八幡宮も、先日秋恒例の例大祭がありました。残念ながらちょうど台風と重なり、参拝者も少なく楽しみな露店もなかったようです。神輿を神主さんなどが装束に身を包み進んでいく様は、日頃くらす街が一気に華やかになり、子供の頃は露点の食べ物とともに目に楽しかったのを憶えています。

全国に様々にある神社には、味噌をお奉りしている神社があるのはご存知でしょうか。

熊本市にある味噌天神宮は、全国で唯一の味噌の神様をまつる天神様で、正式には本村神社といい、713年に建立されました。
疫病が流行した時に神薬の神「御祖天神」を奉ったのがはじまりとされ、後に国分寺の味噌倉の守護神となったとか。腐った味噌を美味しく生まれ変わらせたとの伝承も言い伝えられています。

毎年10月25日には例大祭があり、今年も25日に執り行われました。熊本県内の味噌業者があつまり、奉納した味噌を参拝者に配布されるなど、今年も大勢の人で賑わったそうです。
昨年の熊本地震では、鳥居が壊れるなど被害が大きかったそうですが、今年の6月に新しい鳥居が完成したとのこと、ことさら喜ばしいお祭りになったのではないでしょうか。

農作物はもちろん、発酵も自然の力を借りたもの。それを感謝するかたちは、うつくしいなと思います。
秋のこの時期には少しむずかしいですが、いつか味噌を製造する者として訪ねてみたい神社です。

国まもる味噌と武将

秋晴れの穏やかな日が続いています。

スーパーや食料品店などでは、旬の野菜や果物が豊かな実りを伝えていますね。
最近では毎年のように新しい品種を見かけます。
農家や種子生産の皆さんの開発力には頭が下がるとともに、同じ食品を扱うものとして気持ちが引き締まる思いがします。

開発といえば味噌にとっても、昨今の種類の豊富さや購買者へのさまざまなアプローチの仕方には、工夫が感じられます。
さらに味噌の歴史を遡れば、色々な地域に特色を持った味噌が生み出されたのは、戦国時代以降。
乱世に領土を支配した戦国武将は、戦の兵糧に欠かせない味噌づくりを奨励し、農業や地域経済を発達させていきました。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を生んだ中京地方の「豆味噌」は、夏の暑さにも強く長期保存か効く、赤褐色の辛口が特徴。天下を目指す原動力のひとつだったのではないでしょうか。

以前ブログでも書いたとおり、陣立みそなどを考えだした武田信玄は、「信州味噌」として味噌づくりを普及させました。これは海のない山国では貴重な塩を貯蔵する役割もあったため。今川・北条氏との戦いでは塩止めにあい、このことが『敵に塩を送る』の逸話となりました。

美談の真相は定かではありませんが、送った相手とされる上杉謙信も、関東に出兵した際に兵に技術を取得させ「越後味噌」を普及させています。特徴は米粒が味噌のなかで浮いてみえる、浮麹味噌。麹が多めですが辛口の米味噌です。

また前田利家の加賀藩にも『治にいても乱を忘れず、準備おさおさ怠りなく』として、徳川政権中にも軍用貯蔵として米の甘みがたつ濃厚な「加賀味噌」を造っていきました。

料理好きの伊達政宗も、味噌を重視し『御塩噌蔵』と呼ばれる大規模な醸造設備を設けました。これが日本最初の味噌工場といわれています。大豆の割合が多い風味のよい味噌で、藩政のもと製造した味噌の余剰分が、江戸の味噌問屋に払い下げられ「仙台味噌」として江戸市中に知られるようになりました。

上にあげたどのお味噌も、比較的塩味がつよく貯蔵時間が長めなのは、保存が可能な栄養食であったため。
時代や気候風土が変われば、土地に合ったお味噌が生まれていきます。
ただその背景にあるものは、どのお国柄も変わらない、食を通して人を守りたい思いだったのでしょうね。

金山寺味噌のゆたかな知恵

抜けるような青空が少しづつ秋に近づくこの頃。
今年の夏は雨天の地域差がとても強く感じられました。

香川では晴れ間が多かったですが、関東以北では雨の多く夏らしくない日が続いたようです。近年、豪雨や台風などの影響で野菜の生産量や値段高騰に悩まされることが多くなりました。数日で価格が変化するときなどは、いつもは魚や肉の副食になりがちな野菜も、大切に使いたくなります。
昔から野菜の保存方法は色々とありますが、おかず味噌ともなめ味噌とも呼ばれた『金山寺味噌』も、野菜を長く楽しむためのもの。

大豆や麦と共に刻んだ野菜が入っているのが特徴で、弊社の金山寺味噌にも茄子を混ぜあわせています。他の味噌よりも、甘みが強く水分の多いのでそのままでも食べやすく、ご飯や野菜などにのせたり、お酒のアテとしてもおすすめです。

この金山寺味噌には由来の諸説はありますが、鎌倉時代の僧、心地覚心が1254年に修行していた宋から、紀州由良の鷲崎山興国寺の開山となり、近傍の湯浅(現在の湯浅町)に「径山寺味噌(きんざんじみそ)」を伝えたのが起源といわれています。

先の8月10日、農林水産省は和歌山県の『紀州金山寺味噌』を「地理的表示保護制度(GI)」の対象に追加登録しました。
長く培われた伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性が、品質などの特性に結びついている産品を、登録保護していくこの制度。味噌としては、はじめての登録となりました。
和歌山の郷土料理のひとつにある「茶がゆ」にも添えられる金山寺味噌は、和歌山の醤油の起源ともいわれています。宋から伝わった技術と食料保存の思いが詰まった味噌を守り伝えていただけることは、とても有り難いことです。

まだまだ夏野菜が並んでいるこの時期。
キュウリや茄子などの夏野菜に添えてそのまま食べれば、野菜と一緒に長く食べていきたかった伝統の味に、先人の知恵が感じられるかもしれません。

『さぬきのFOOD』にて

夏の真っ盛り、うだるような暑い日が続いていますね。

先週のFacebookの方でもご案内いたしました、高松市歴史資料館での企画展『さぬきのFOOD~食に見る風土の風景~』。行かれた方はおられますでしょうか。お伝えしたとおり「さぬきのさしすせそ」の展示のなかで、弊社の味噌作りの製造方法をパネルにてご紹介して頂いております。

この企画展は「食」のコンセプトを通して、身近でありながらも知らなかった香川県の歴史や文化を切り取られています。農業・漁業で使われていた道具を通して知る歴史から、とれた恵みから作られた調味料。そこから育まれたうどんがどのように郷土料理としての「さぬきうどん」となり愛されてきたかなど、地元のものとしても興味が尽きない内容になっておりました。

なかでも普段はお目にかかることがなかなか難しい、金刀比羅宮所蔵の「象頭山社頭並大祭行列図屏風(重要有形民俗文化財)」。こちらは江戸時代の金刀比羅宮大祭にお参りに行く風景が描かれています。御神輿や五人百姓などとともに、当時のうどん屋も何軒か描かれておりました。解説くださった学芸員の方によると、江戸時代のうどん屋の看板はとても特徴的で、立ち並ぶ商店の中からお店を見つけるアイコンのようなもの。細かく描かれたなかから見つけることも、この一双の楽しみ方となっていました。

また、弊社の味噌も含めた「さぬきのさしすせそ」は、香川県の調味料メーカーの老舗ともなるお店の道具などが並んでおり、古い道具でありながら馴染み深く感じられる方もおられるのではないでしょうか。各お店の販促物やブリキの看板などもあり、一周まわってかわいらしく感じるものも。味はもちろんですが、各メーカーの先人が伝え広めていったことも、香川の味の伝承を担っているように思われました。

様々な料理が外食内食に取り込まれていき、なかなか郷土の味を食べる機会がへっている昨今。
それでも一昔前に描かれた讃岐うどんがいまも気軽に食べられるように、香川の風土が作り上げた食文化を身近に、そして長く次代に伝えていくよう、これからもお味噌をとおして貢献していきたい。改めて感じさせていただけた展示会でした。

高松市歴史資料館(サンクリスタル高松4階)9月3日(日)まで開催中です。